なぜ「江戸走り」は人々の心を惹きつけるのか ― 身体と無意識の魅力
- ロンドン心理相談室
- 2025年12月17日
- 読了時間: 5分
近頃、SNSで「江戸走り」が大きな話題になっています。肩を落とし、少し前かがみで走るその独特の姿は、ただのジョギングやマラソンとは明らかに異なる魅力を持っています。なぜ人々は、この奇妙ともいえる走り方に無意識のうちに惹かれるのでしょうか。精神分析的に考えると、そこには現代社会における身体性の喪失、無意識の欲求、そして歴史的・社会的文脈が絡み合っていることが見えてきます。
1. 身体性の回復としての江戸走り
現代人は、日常生活のほとんどをデジタル空間で過ごすことが増えました。通勤や移動は車や電車、仕事はパソコン、娯楽はスマートフォンやゲーム――こうした生活は、身体の感覚をほとんど使わずに済ませてしまうものです。その結果、筋肉や関節の感覚、体の重心や動きの微妙な調整感覚は鈍くなり、身体の存在感が薄れる傾向にあります。
江戸走りの特徴は、肩を落とし、力を抜き、背中を丸めて走る姿勢です。それはこれまで私たちが考えてきた「正しい走り方」とは違います。しかし、ここに重要な意味があります。人々は、「身体を解放したい」「普段使わない筋肉を感じたい」という欲求を持っています。江戸走りの動画を見たり、真似したりすることは、失われた身体感覚を取り戻す行為なのです。
精神分析的に考えると、人は無意識に身体を通して自己を再確認します。江戸走りの「力を抜いた走り方」は、日常生活で抑圧されている身体の自由を象徴しており、見ている人に直接働きかけます。つまり、江戸走りは身体感覚を回復する儀式のような役割を果たしているのです。
2. 無意識に刻まれた歴史と文化への共鳴
江戸走りの「江戸」という名称も心の深層に影響を与えています。江戸は鎖国を連想させ、外界との隔絶や独自文化の発展を象徴します。近年では、外国人排斥運動などの政治的動きもある中で、「江戸」を冠した走り方は、自国文化への回帰や安心感を呼び起こすのかもしれません。
身体を使いながら「江戸」を感じることで、視覚的・運動感覚的に歴史や文化とつながる体験が生まれます。これは、単に言葉や知識で歴史を理解するのではなく、身体を通して心の深い部分で文化や時代を体験する行為といえます。この象徴的な経験を通じて、心の安定や自分の根源的な場所への帰属感を求めているのです。
3. 継続性への共感と心の安定
現代のSNSは、瞬間的な情報消費を前提にした短い動画や切り抜きが主流です。そのため、流行やトレンドは次々に入れ替わり、持続性のある文化や価値は失われがちです。
そんな中、「100年後まで江戸走りを残したい」という共感が広がっているのかもしれません。長期的な視点で身体文化を継承したいという意志は、現代社会で希薄になった「継続性」を意味しています。私たちの心は短期的で表面的な情報消費に疲れ、持続的な価値に安心感を求めているのです。江戸走りはその象徴となり、動画を見る人々の無意識に安定感をもたらしています。
4. AI時代とズレの魅力
現代はAIによる情報提供が急速に普及しています。AIは正確さや効率を追求する一方で、人々の心はそのように出来ていません。心は完璧さよりも、ズレや力を抜く感覚のような不完全さを求めます。江戸走りのフォームは理想的ではありませんが、そのズレや崩れが逆に快感や安心感を生みます。
正確で無駄のない動作ではなく、肩を落として力を抜く、微妙に左右に揺れる走り方。人々の心の深層では、デジタル化で失われた「身体と心のゆらぎ」を欲しているのです。AIが提示する効率的な情報や正しい動きでは得られない、身体的で無意識的な心地よさが、江戸走りの人気を支えています。
5. 身体と無意識が織りなす魅力
江戸走りがバズる背景には、次のような要素が絡み合っています。
身体性の回復:肩や背中の緊張を解き、身体を取り戻す感覚
無意識の欲求の反映:力を抜き、ズレを楽しむことで心地よさを得る
歴史・文化との象徴的つながり:江戸という言葉が根源的な帰属感を呼び起こす
継続性への共感:消費社会の短期的な流行に対する無意識的反発
AIとの対比:効率や正確さではなく、身体と無意識のズレに注目が集まる
これらは、現代人が忘れかけている身体感覚や無意識的な心の欲求に直接訴えかけています。江戸走りは単なる流行ではなく、身体と無意識が共鳴する文化現象といえるでしょう。
6. 結び ― 心が求める身体体験
江戸走りは、肩の力を抜き、背中を丸め、身体を意識的にゆるめる行為です。それは、日常生活で鈍くなった身体感覚を回復させる儀式であり、無意識が求める安心感や心地よいズレを体現する動きです。
SNSで動画を眺めたり、真似をしたりすることで、人々の心は失われた身体性や持続的価値を取り戻そうとしています。江戸走りの人気は、単なる奇抜な動作や面白動画のトレンドではなく、現代人の身体と無意識に深く関わる心理的現象として捉えることができます。
私たちが江戸走りに惹かれるのは、私たちの心が「身体と心のつながり」を再確認したいと願っているからかもしれません。江戸走りは、デジタル化や効率化の中で忘れかけた、人間らしい身体感覚と心のゆらぎを呼び覚ます鏡のような存在なのです。
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