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なぜ、夢を見るのか⑤ ― オグデンの精神分析から考える
夜、光が消え、世界が静まりかえったあと、人の心はゆっくりと、別のかたちで動きはじめます。その動きは“考える”とも言えず、“感じる”だけでもなく、もっと曖昧で、しかし確かに生きている。 精神分析家オグデン(1946- )にとって、この曖昧な動きこそが「夢見ること(the capacity to dream)」であり、人が精神的に生きていくために欠かすことのできない営みでした。 ■ 夢は睡眠中だけに起きるものではない オグデンは、夢とは「眠っているときに見る映像」という狭い意味では捉えません。 夢見ることとは、 心が自分の経験を“生きられる形”へと変換する働きそのもの だと考えました。 私たちの心には、うまく言葉にならないまま飲み込まれた経験や、未整理の感情、説明のつかない痛みがたくさんあります。それらは生のままでは重すぎて、意識の中で扱うことができません。 夢見ることとは、そうした“生の経験”に象徴を与え、断片をつなぎ、物語のかたちへ変えていく心のプロセスなのです。 それは睡眠中だけでなく、覚醒しているときにも密かに働いている、人が「生き延びるため
2025年12月17日読了時間: 4分
なぜ、夢を見るのか④ ― ビオンの精神分析から考える
人は眠りに落ちると、日中では捉えきれなかった感情や記憶がふわりと浮かび上がってきます。夢の中には意味の分からない光景もあれば、妙に胸を締めつける瞬間もある。目覚めたあとに残るあの不思議な余韻は、一体どこからやってくるのでしょうか。 精神分析家ウィルフレッド・ビオン(1897-1979)は、この「夢」という現象に対して、フロイトとはまた別の角度から光を当てました。 ■ 夢は「考えるための器官」 ビオンの考えでは、夢は単なる夜の物語ではありません。もっと根本的な、「 考えるという心の働きを生み出すための装置 」だというのです。 私たちは日中、さまざまな刺激を受け取ります。言葉にならない怒り、不意に起こる不安、よく分からない重さ。ビオンはこうした“生の感覚”を β(ベータ)要素 と呼びました。β要素はそのままでは処理できず、ただ心の中に重く沈んでいくものです。 しかし、眠りにつくと心の仕組みがゆっくり動き出し、このβ要素を“噛み砕いて”意味のあるものへと変えていきます。これを α(アルファ)機能 と呼び、ここで生み出される“消化された心的素材”が
2025年12月17日読了時間: 3分
なぜ、夢を見るのか③ ― ウィニコットの精神分析から考える
夢というのは不思議なもので、眠りの最中に見ているときより、朝、目を覚ました瞬間のほうがその意味がじわりと胸に広がることがあります。どこか懐かしいような、でも少し寂しいような、説明のつかない余韻。 ウィニコット(1896-1971)――「ありのままの自分で生きること」をテーマにした精神分析家は、この夢の余韻に、人間の深い営みを見ていました。 ■ 夢は「本当の自分」が息をする場所 ウィニコットの理論の中心には、 “True Self(真の自己)” と “False Self(偽りの自己)” という概念があります。 私たちは日中、社会に合わせ、誰かに合わせ、時に「こうあらねば」という殻の中に身を置きます。それは生きるための知恵でもあるけれど、本当の気持ちが押し込められてしまうと、心がどこか窮屈になってしまう。 ウィニコットは、夢を 「真の自己がひそかに息をする場所」 と考えました。 日中、抑え込まれていた本音や素朴な衝動、幼い頃のままの気持ち――それらが眠りの中でゆっくり顔を出し、本当の自分の輪郭を取り戻していくのです。 ■ 夢は「遊ぶ力」から生ま
2025年12月17日読了時間: 3分
なぜ、夢を見るのか② ― クラインの精神分析から考える
夢というのは、ときどきあまりに生々しく、まるで心の奥に隠していた傷に触れてしまったかのような感覚を残すことがあります。自分では忘れたつもりの不安が形を変えて現れたり、どこか懐かしい優しさが漂っていたり――その揺れの正体は何なのか、目覚めたあとしばらく考え込んでしまうことさえあります。 精神分析家メラニー・クライン(1882-1960)は、この“揺れ”こそが人間の心の深層で起きているドラマだと考えました。 ■ 夢は「内なる世界の劇場」 クラインの理論では、私たちの心の中には "内的対象" と呼ばれる登場人物たちが住んでいます。母親や大切な人、あるいはその人たちの一部的イメージ――やさしい部分もあれば、怖い部分もある。 これらの“内的対象”は、単なる記憶ではなく、私たちが無意識の中で感じてきた愛情や恐怖、不安や怒りの全てが混ざり合って形成された存在です。クラインにとって、夢とはこの内的対象たちが 自由に姿を現し、演じ、語る場所 でした。 だから夢はときに奇妙で、ときに鮮烈で、ときに幼い頃の気持ちを思い出させるのです。 ■ 心の“パーツ”が語り始める.
2025年12月17日読了時間: 3分


なぜ、夢を見るのか①― フロイトの精神分析から考える
夜、布団に身を沈めて意識がほどけていくと、どこかでスイッチが入ったように、まったく別の世界が立ち上がることがあります。昨日の出来事と関係があるようで、まったく関係がないようでもある。目覚めてしばらくは、その世界の余韻が身体のどこかに残っている――そんな経験は誰にでもあるはずです。 そもそも私たちは、なぜ夢を見るのでしょう。 この素朴な問いに真正面から向き合った人物が、精神分析の創始者ジークムント・フロイト(1856–1939)でした。彼の代表作『 夢判断 』( 1900年 )は、夢の不可思議さに理論で切り込んだ、当時としてはかなり挑戦的な書物です。 ■ 夢の中心には「願望」がある フロイトは、夢を“こころの落書き”とは捉えませんでした。むしろ、夢こそが無意識の声を最も率直に語っている、と考えたのです。 彼が言うには、夢とは「願望充足」を中心に作られている。日常生活の中で抑え込まれていたり、本人ですら気づいていなかったりする欲望が、眠りのなかでひょっこり顔を出す。しかしその欲望があまりに生々しい形で表れると、寝ている本人が驚いて目を覚ましてしまう。
2025年12月12日読了時間: 3分
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