なぜ、夢を見るのか② ― クラインの精神分析から考える
- ロンドン心理相談室
- 2025年12月17日
- 読了時間: 3分
夢というのは、ときどきあまりに生々しく、まるで心の奥に隠していた傷に触れてしまったかのような感覚を残すことがあります。自分では忘れたつもりの不安が形を変えて現れたり、どこか懐かしい優しさが漂っていたり――その揺れの正体は何なのか、目覚めたあとしばらく考え込んでしまうことさえあります。
精神分析家メラニー・クライン(1882-1960)は、この“揺れ”こそが人間の心の深層で起きているドラマだと考えました。
■ 夢は「内なる世界の劇場」
クラインの理論では、私たちの心の中には "内的対象" と呼ばれる登場人物たちが住んでいます。母親や大切な人、あるいはその人たちの一部的イメージ――やさしい部分もあれば、怖い部分もある。
これらの“内的対象”は、単なる記憶ではなく、私たちが無意識の中で感じてきた愛情や恐怖、不安や怒りの全てが混ざり合って形成された存在です。クラインにとって、夢とはこの内的対象たちが自由に姿を現し、演じ、語る場所でした。
だから夢はときに奇妙で、ときに鮮烈で、ときに幼い頃の気持ちを思い出させるのです。
■ 心の“パーツ”が語り始める
クラインは、赤ん坊の頃の体験――特に母親との関係――が、私たちの無意識の深い層に影響を与えていると考えました。
幼い頃に感じた満たされる経験は「良い対象」として心に宿り、不安や孤独、怒りは「悪い対象」として影を落とす。大人になっても、この二つの対象は心の中で静かに動き続けている。
そして睡眠の中で、これらの内的対象たちが“夢の登場人物”となって現れてくるのです。怒って追いかけてくる怪物も、静かに寄り添ってくれる存在も、その正体は多くの場合、自分の心の断片が象徴化されたものだとクラインは考えました。
■ 夢は心を修復しようとする
クラインの重要な概念に、抑うつポジションというものがあります。これは、自分の内にも外にも「良い部分と悪い部分が同時に存在する」という事実に耐えられる心の状態を指します。
夢はこの“耐える力”を育てるためのひとつのプロセスでもあります。
夢の中で、怖い存在も優しい存在も同じ世界に登場し、ぶつかり合い、再び統合されていく。これこそが、心が自分を修復しようと働いている姿だとクラインは見ました。
ひと晩眠っただけで、昨日より少しだけ気持ちが落ち着いている――そんなとき、それはただ休んだからではなく、夢の中で心が“内なる世界のバランス”を静かに整えてくれていたのかもしれません。
■ では、なぜ夢を見るのか
クライン的に言えば、その答えはとても人間的です。
私たちが夢を見るのは、自分の心の中にある複雑な感情と和解し、ふたたび前に進むため。
夢は、幼い頃から積み重ねてきた感情の断片を拾い上げ、ときに痛みを映し出しながら、それらを統合しようとする作業です。内なる世界の登場人物たちが夜ごとに語り合い、折り合いをつけ、ひそかに心の秩序を作り直してくれる。
だから夢は、怖くても、優しくても、どこか胸に残るのだと思います。それは私たちが「自分自身をつくりなおす」過程の物語だからです。
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