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なぜ、夢を見るのか⑤ ― オグデンの精神分析から考える

  • ロンドン心理相談室
  • 2025年12月17日
  • 読了時間: 4分

夜、光が消え、世界が静まりかえったあと、人の心はゆっくりと、別のかたちで動きはじめます。その動きは“考える”とも言えず、“感じる”だけでもなく、もっと曖昧で、しかし確かに生きている。


精神分析家オグデン(1946- )にとって、この曖昧な動きこそが「夢見ること(the capacity to dream)」であり、人が精神的に生きていくために欠かすことのできない営みでした。



■ 夢は睡眠中だけに起きるものではない

オグデンは、夢とは「眠っているときに見る映像」という狭い意味では捉えません。


夢見ることとは、心が自分の経験を“生きられる形”へと変換する働きそのものだと考えました。


私たちの心には、うまく言葉にならないまま飲み込まれた経験や、未整理の感情、説明のつかない痛みがたくさんあります。それらは生のままでは重すぎて、意識の中で扱うことができません。


夢見ることとは、そうした“生の経験”に象徴を与え、断片をつなぎ、物語のかたちへ変えていく心のプロセスなのです。


それは睡眠中だけでなく、覚醒しているときにも密かに働いている、人が「生き延びるための思考」なのです。



■ 夢は、心が“経験を作り直す場所”

オグデンは、夢の本質を「経験が経験として成立するための場」と考えました。


人はしばしば、経験そのものがあまりに激しすぎたり不鮮明すぎたりして、“体験したのに体験していない”状態に陥ります。


たとえば・突然の喪失・強い怒り・言葉にできない孤独・説明のつかない不安こうしたものは、心に“加工前の素材”として残ります。


夢は、それらを映像、象徴、曖昧な物語として再編成し、ようやく「私はそれを経験したのだ」と言える状態へ導く心の創造的活動です。


夢の中で不条理な物語が展開されるのは、心が未処理の経験を“意味を持つ断片”へと組み替え続けている証拠なのです。



■ 夢の中には「第三の主体」が現れる

オグデンの理論の中心にあるのが第三主体(the analytic third)という概念です。


彼は、精神は常に「私」だけのものでもなく、外の世界をそのまま映すものでもなく、両者のあいだに生まれる“第三の何か”によってつくられていくと考えました。


夢とは、まさにその第三主体がもっとも自由に姿を現す場です。


私が私を見ているような視点・私ではない誰かが私の感情を語るような感覚・現実とも違い、空想とも違う曖昧な立場


夢の語り手は「私」一人ではありません。そこには“私+世界”が出会って生まれた、第三の視点が働いています。


夢を見ることで人は、自分を別のまなざしで捉え直し、今まで持てなかった角度から世界を経験し直すことができます。



■ 夢を見る力が失われるとき

オグデンは、夢を見ることができなくなる状態を精神の危機としてとらえました。


夢が見られないとは、「経験を経験として生きる力が失われた」ということだからです。


・夢を覚えていない・夢が極端に断片的で、つながらない

・夢が一切象徴化されず、ただ現実のように平板こうした特徴は、心が経験を処理する余裕を失っているサインだとされます。


つまり、夢を見ることができるというだけで、心はまだ生きて動いているということなのです。



■ では、なぜ夢を見るのか

オグデンの思想に寄り添って答えるなら、理由はひとつに収束します。


人は、夢を見ることで「生きられなかった経験」を生き直している。


夢とは、・圧倒された現実を扱い・言葉にならない感情に形を与え・自分と世界の関係を編み直し・“経験として生きられる物語”をつくる心が最も創造的に働く時間です。


夢は、単なる“眠りの副産物”ではありません。夢は、心が私たちを生かすために夜ごと行っている深い作業なのです。


そして、たとえどんなに混乱した夢でも、どんなに不気味な夢でも、そこには心が世界とつながろうとする静かな努力が息づいています。


私たちは、夢を見ることで、今日をなんとか生き、明日へ向かうための心をつくり直しているのです。

 
 
 

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