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失われた30年――心はどのように時代を生き延びたのか

  • ロンドン心理相談室
  • 2025年12月18日
  • 読了時間: 4分

更新日:1月18日

「失われた30年」という言葉は、あまりにも繰り返し使われてきました。経済が停滞し、賃金が伸びず、将来の見通しが立たなかった時代。その説明は、すでに誰もが知っています。


しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。この30年、私たちは本当に「何も変わらなかった」のでしょうか。それとも、変わったものがあまりにも内側にあったため、言葉にならなかっただけなのでしょうか。


精神分析が扱うのは、目に見える出来事ではありません。人が「そう考えるしかなかった理由」「そう振る舞うことでしか保てなかった心の均衡」そうした、選択以前の領域です。


失われた30年を精神分析的に考えるとは、社会がどのように心を守り、どのように適応し、その結果として何を手放したのかを辿ることでもあります。



目次


  1. 未来を疑わずに生きられた時代の終わり

  2. 期待しないことで、心を守るという選択

  3. 挑戦よりも回避が合理的になった社会

  4. 語られなかった不安が、静かに残った

  5. 共有された物語を失った社会

  6. それでも、心は生き延びた

  7. 結びにかえて――失われた30年は、心の再編成の時間だった



1. 未来を疑わずに生きられた時代の終わり


かつて、日本社会には説明不要の感覚がありました。努力すれば報われる。今より少し良い未来が待っている。


それは信念というより、疑う必要のない前提でした。人は、すべてを意識して考えながら生きているわけではありません。むしろ、考えなくていい前提の上に立って、日常を営んでいます。


この前提が崩れたのが、失われた30年の始まりでした。未来が明るいとも暗いとも言えない。ただ、「良くなるとは思えない」。


この変化は、意見の変化ではありません。世界の感じ方そのものが変わったのです。



2. 期待しないことで、心を守るという選択


人は、不安に長くさらされると、それに耐えるためのやり方を身につけます。


この30年、日本社会が選んだやり方は比較的静かなものでした。過剰に期待しない。大きな目標を語らない。「上がらなければ良し」と考える。


これは無気力ではありません。失望を繰り返さないための知恵でした。


強い期待は、裏切られたときに深く傷つきます。ならば、最初から期待を小さくしておく。そうすれば、心はなんとか持ちこたえられる。


この適応は、多くの人を救いました。同時に、私たちは少しずつ、「望む力」そのものを使わなくなっていきました。



3. 挑戦よりも回避が合理的になった社会


かつては、失敗してもやり直せる感覚がありました。多少遠回りしても、人生は回収できる。


しかし長い停滞のなかで、失敗は「取り返しのつかないもの」と感じられるようになります。


一度つまずけば、そこから先が見えない。この感覚が広がると、人は挑戦しなくなります。それは臆病さではなく、状況に即した判断です。


精神分析が注目するのは、人がなぜその選択をするのか、という理由です。


挑戦しないのは、意欲がないからではない。心がそれ以上の負荷に耐えられなかったからです。



4. 語られなかった不安が、静かに残った


失われた30年は、急激な崩壊の時代ではありませんでした。だからこそ、不安は声高に語られませんでした。


「みんな同じだから」「贅沢は言えないから」そうして、不安は個人の内側に押し戻されていきます。


精神分析が繰り返し指摘してきたのは、語られなかった感情は、形を変えて現れるという事実です。


理由のわからない疲労感。人との距離の取りにくさ。自分を責める思考の癖。

これらは、個人の弱さではありません。語る場を持たなかった時代の痕跡です。



5. 共有された物語を失った社会


人は、物語の中で生きています。「こう生きれば、こうなる」という暗黙の筋書きです。


失われた30年で、この物語は世代ごとに分断されました。上の世代は、上昇の記憶を持っている。下の世代は、停滞を前提として育った。


共通の物語が失われると、人は自分の人生を、完全に個人の責任として引き受けることになります。


それは自由であると同時に、非常に重いことです。



6. それでも、心は生き延びた

精神分析は、失われたものを数えるだけの視点ではありません。むしろ、人がどのように壊れずに済んだのかを見ます。


この30年で、日本社会は、過剰な競争や成長の物語から距離を取りました。身体感覚、関係の持続、日常の質。


これらが再び注目されているのは、停滞を生き延びる中で、心が別の価値を探し始めた結果でもあります。



結びにかえて――失われた30年は、心の再編成の時間だった


失われた30年は、何も起こらなかった時間ではありません。


それは、心が壊れないために、静かに形を変え続けた時間でした。


期待を下げ、語らず、耐え、回避する。それらはすべて、生き延びるための選択でした。


もしこれからの時代に問いがあるとすれば、それは「何を取り戻すか」ではなく、どこまで守り、どこから再び望むのかなのかもしれません。


精神分析が投げかける問いは、いつも派手ではありません。しかし、それは今もなお、この社会の内側で続いている問いなのです。

 
 
 

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