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なぜ、夢を見るのか③ ― ウィニコットの精神分析から考える

夢というのは不思議なもので、眠りの最中に見ているときより、朝、目を覚ました瞬間のほうがその意味がじわりと胸に広がることがあります。どこか懐かしいような、でも少し寂しいような、説明のつかない余韻。 ウィニコット(1896-1971)――「ありのままの自分で生きること」をテーマにした精神分析家は、この夢の余韻に、人間の深い営みを見ていました。 ■ 夢は「本当の自分」が息をする場所 ウィニコットの理論の中心には、 “True Self(真の自己)” と “False Self(偽りの自己)” という概念があります。 私たちは日中、社会に合わせ、誰かに合わせ、時に「こうあらねば」という殻の中に身を置きます。それは生きるための知恵でもあるけれど、本当の気持ちが押し込められてしまうと、心がどこか窮屈になってしまう。 ウィニコットは、夢を 「真の自己がひそかに息をする場所」 と考えました。 日中、抑え込まれていた本音や素朴な衝動、幼い頃のままの気持ち――それらが眠りの中でゆっくり顔を出し、本当の自分の輪郭を取り戻していくのです。 ■ 夢は「遊ぶ力」から生ま

なぜ、夢を見るのか② ― クラインの精神分析から考える

夢というのは、ときどきあまりに生々しく、まるで心の奥に隠していた傷に触れてしまったかのような感覚を残すことがあります。自分では忘れたつもりの不安が形を変えて現れたり、どこか懐かしい優しさが漂っていたり――その揺れの正体は何なのか、目覚めたあとしばらく考え込んでしまうことさえあります。 精神分析家メラニー・クライン(1882-1960)は、この“揺れ”こそが人間の心の深層で起きているドラマだと考えました。 ■ 夢は「内なる世界の劇場」 クラインの理論では、私たちの心の中には "内的対象" と呼ばれる登場人物たちが住んでいます。母親や大切な人、あるいはその人たちの一部的イメージ――やさしい部分もあれば、怖い部分もある。 これらの“内的対象”は、単なる記憶ではなく、私たちが無意識の中で感じてきた愛情や恐怖、不安や怒りの全てが混ざり合って形成された存在です。クラインにとって、夢とはこの内的対象たちが 自由に姿を現し、演じ、語る場所 でした。 だから夢はときに奇妙で、ときに鮮烈で、ときに幼い頃の気持ちを思い出させるのです。 ■ 心の“パーツ”が語り始める.

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